HOME > 刺繍について
刺繍について
日本刺繍とは・・・今から千数百年前に中国から渡来し、日本で長い年月をかけ、様々な工夫がされました。そして今に伝わる独自の刺繍が日本刺繍です。 今ではミシンでの刺繍が大半を占めていますが、伝統と芸術として古くから親しまれてきました。 この刺繍についてのコラムでは、そんな伝統の日本刺繍(京繍)の技を、中村刺繍の沿革と共に少しづつ、皆様にご紹介してまいります。 |
![]() |
第二回
|
私と日本刺繍の出会い第一回のままずっと進みませんでしたが、ようやく二回目にゆきます。 日本刺繍を習いたいという方が、本当に沢山おいでになります。私共の教室に通って下さる方も年々増えてきています。生徒さんの作品展も回を重ねて今年で三回目の作品展をいたしました。 皆さんの上達の早さにびっくりしています。本職が脅かされるのではと、喜んでよいのやら、悲しんでよいのやら。 |
![]() |
![]() |
通信教育でも何人かの方がお稽古をされまして、作品展にも参加していただき、賑やかに作品展が出来ました事を本当にうれしく思いました。 |
第一回 私と日本刺繍の出会い
今は日本刺繍を業としている私ですが、日本刺繍なるものを知ったのは、主人(中村 孝治)と結婚して(昭和30年)初めてでした。刺繍台その他の道具も珍しいと思ったものです。
主人は朝早くから夜遅くまで刺繍台に向かっていました。見ている分にはとても簡単そうなので、私もしてみたいと思い針を持ってみましたが、これが結構大変でした。
![]() |
昭和30年代〜40年代に掛けて、日本がだんだん豊かになってきました。それに伴い、日本刺繍を施した着物や帯がどんどん売れるようになってきました。 私どもの仕事も忙しく、毎日追われるようになってきました。 針を持つことをためらっていた私でしたが、この際、私も習ってみようと決意し、針を持つようになりました。 主人と私の2人では仕事が間に合わなくなり、1人、2人とお弟子さんを求めるようになりました。 |
|
この頃は日常的にも着物を着ている人も多く、子供達の入学式、卒業式等には黒羽織が定番のようなものでした。 この黒羽織には日本刺繍を施し、(和装品の中でも日本刺繍がしてあるというのは、最高級品と位置付けられていました。)私もご多分に洩れず、刺繍入りの黒羽織を誇らしげに着たものです。 40年代〜50年代にかけて、ミシンの性能も高まり、段々、ミシン刺繍が多くなり、手刺繍は衰退の一途を辿るのかと心配しました。 ところが、やはり機械と人間の手の違いが見直されるようになりました。高級志向の方は、”やはり手刺繍に限る”と言われるようになりました。が、残念なことに50年代〜60年代と進むにつれて、着物を着る人が減ってしまったことです。 それでもお嫁入りする時には必ず一通りの和服普段着から式服までを箪笥に入れるのが慣わしでしたが、この慣わしも近頃では不要と言われ、和装業に携わる者としては本当に悲しいことです。 それでも、この頃では、日本刺繍を趣味にしたいとか、お茶、お花のお稽古をされている方々が、ご自分の着物に自分で刺繍をしたいと考えておられるらしく、その様な声を耳にするようになりました。 また、着物をリフォームやリサイクルしようという人も多くなってきました。 箪笥に眠っている刺繍の入った着物を洋服に蘇らせたり、染め直し、シミ落とし、刺繍を追加するなど、様々な工夫により現在もその伝統が親しまれています。 |
![]() |




